気まぐれ日記 2010年11月

2010年10月はここ

11月1日(月)「連載原稿にてこずる風さんの巻」
 新幹線で頑張ったことは頑張ったが、帰宅してあと少しやれば原稿が完成するほどできたわけではない。出版社に一両日の時間猶予をお願いして昨夜は執筆を中断した。
 夜が明けてみれば、ちゃんと雨が上がっている。この週末は東京雨男をあらためて証明したようなものだった(もちろん台風のせいにすることも可能ではあるが)。
 出社して午前中はほとんど会議。昼休みに持参した参考書を頑張って読んだ。
 定時で退社して、また執筆環境に舞い戻った。
 今夜こそ、と思ったが、連載原稿ができない。生半可な知識で書くわけにはいかないので、どうしても資料を読みながらの執筆になる。その資料に書いてある内容も、長年の勘で、裏をとる必要を感じるものばかりだ。辞書を引いたり、ネット検索をしたりしながら裏をとるのだが、資料が中国書の翻訳なので、けっこう大変である。
 想定外の午前1時半まで頑張ったが限界だった。これでは、徹夜しても完成しそうもない。

11月2日(火)「ボヤキに聞こえなければいいが・・・の風さん」
 気まぐれ日記は私生活を中心に書いているが、普段の言動で書いていないことは多い。政治的な発言もその一つで、けっこう熱っぽく口では語っている。それをここに書かないのは、一つには、周囲に及ぼす影響力が小さいため、しょせん「ボヤキ」程度にしかならないからだ。
 本当は、日本の将来を案じていて、言いたいことはたくさんある。
 たとえば、ノーベル賞をとった先生たちのように、もっと国をあげて科学に関する研究を活発にしてほしい、と訴えたい。
 領土問題が起きるたびに、それをチャンスに過去の歴史をねじまげる国がある。それを真似しろとは言っているのではない。日本が認識している歴史はこうなんだとなぜ国民に向かって言わないのか。祖国に対する愛情の差がそうしているとするなら、現政府に日本の舵取りをする資格は全くない。多くの知識不足の日本人は、領土問題が起きると、共産圏の情報から学んでいる恐れがある。それを私は危惧しているのだ。
 今はこの程度にしておこう。力のない者の発言でしかない。
 それでも、いつか自分の発言が大きな影響力を持つようになったら、大いに語りたいとは思っている。

11月3日(水)「必死にやってはいるものの・・・の風さん」
 毎日青息吐息が続いている。そのような中、会社でヒーヒー言っていた研究レポートの自分の担当分がどうにか完成した。今日はそれでほぼ終日使ってしまった。文章作成に慣れているはずが、思うようなスピードで書けてなかった。(1)老化現象なのか、(2)勝手に目標を高くし過ぎているのか、(3)仕事量の見積もりを間違っていたのか、いつも振り返っているのだが、答えが見つからない。
 帰宅したら、児童文学の初校ゲラが届いていた。やっとここまでたどり着いたか、という気がする。会社の研究レポートと同様に、時間がかかり過ぎていると思う。初めての児童文学だから仕方なかったのか。
 同時に、今月、日本機械学会東海支部主催の座談会で話す内容の、前刷り資料も届いていた。この原稿にもけっこう苦労した。中を見ると、一緒に登場するカラクリ師の玉屋庄兵衛さんなどの前刷りも充実していて、とても驚いた。
 夕食後、遅れている連載原稿を今夜こそ、と思いつつ書斎へ向かった。

11月4日(木)「テレビを観なくても仕事は片付かない・・・の風さん
 昨夜は、どこかの放送局で和算をテーマにした番組があった。それは以前から知人に教えられて知っていたが、せっかくの機会でも観ている余裕はなかった。……と、執筆に没頭していたら「今やってるよ」というメールが入ってきた。ありがたいお知らせだが、やはり観に行くわけにはいかない。
 連載原稿ができて、出版社へ送る準備(振り仮名有無2種類のデータを用意したり、pdfにしたり、写真データをそろえたりetc.)をして、送信完了したのが、今朝の午前3時48分だった。
 もちろんそれから寝た。
 普通に出社して、会議にはいちおう顔を出したが、頭の中には霧がかかっていた(笑)。昼休みにやっと少し仮眠できて、午後からはいくらかまともになった。
 帰宅しても今夜はあまり仕事ができそうもなかったので、床屋に寄ってきた。
 今日も郵便物が届いていて、我ながら自分の忙しさを再確認した。郵便物は向こうから勝手に送られてくるのではない。こちらから働きかけたリアクションの一つが郵便物なのである。
 眠いからといってすぐ寝られるほど作家の環境は甘くない。午後11時から書斎に入り、気になる仕事をしているうちにどんどん時間が経過していった。
 きりがないので、午前2時に就寝した。

11月5日(金)「問題発言・・・の風さん」
 またまた政治的な発言をしたくなった。
 尖閣諸島沖での事件のビデオが流出したという。これでまたひと騒ぎあるだろう。もういい加減にしないと、ますます相手国の術中にはまるぞ。どちらがどちらへぶつかってきたかなんてことは、ちっとも問題ではない。領土問題が存在すること、それをしっかり認識して勉強することが最も大切なのだ。問題の本質をそらしてしまうことは、今、最も避けなければならない愚行である。ビデオ流出の犯人探しで浮かれていると、どこかの大統領がまた北方の島に渡ってくるぞ。六十数年前、あの国はそうやって奪ったのだ(……とはいえ、そもそも戦争を起こしたあるいは参戦したこと自体が愚の始まりだったのだが)。
 今日は、大学の先生が来社され、いろいろな話をさせてもらったが、本音で語っているうちにずいぶん口がすべった気がする。まわりくどい言い方は嫌いなので、どうしても発言が過激になる。これは死ぬまで治らない病気かもしれない。
 明日の取材ドライブのため、ミッシェルを洗車し、満タン給油してきた。

11月6日(土)「滋賀県、奈良県、大阪府、ミッシェルで取材・・・の風さん」
 会社に提出したドライブ計画書通り、午前7時半にミッシェルで出発した。昨夜退社時に、洗車と給油をしてきたので、準備は万端、いちおう寝不足でもない。
 2004年に購入したナビの地図は古いが、前もってだいたいの走行ルートも把握してある。往復480kmを12時間で走りきる。
 計画には当然余裕が入れてあるが、それが狂うとしたら、割引適用中の高速道路での渋滞だけだった。
 それが、見事にそのようになってしまった。交通量が多く、ボトルネックになっているジャンクションを先頭にした自然渋滞に巻き込まれた。
 計画していた最初の休憩ポイント、御在所SAで、計画の見直しをした。3つある目的地の中の第1目的地「近江神宮」をパスして、第2目的地「当麻寺(たいまでら)」へ向かうことにした。その理由は、第2と第3目的地では、写真撮影があるので、日が暮れるまでに到着する必要があったからだ。
 降りる予定だった大津ICを通過し、大阪府内へ入ったところで、2回目の休憩をとった。今日は絶好の秋の行楽日和で、空が抜けるように青い。日差しも強く、サングラスはいつも通りだが、車内では上は半そでTシャツ1枚だけだ。
 ずっと都市高速と有料道路を走り、柏原ICで降りた。奈良県を走っているというだけで、何の変哲もないローカルな風景が歴史を感じさせる(笑)。
 当麻寺での目的は、創建時の本尊である国宝「弥勒仏」の写真撮影だった。しかし、やはり撮影禁止だったので、写真集を購入し、後日、掲載申請の手紙を出すことにし、挨拶だけでそこを後にした。
 この時点で、時間を切り詰めて第3目的地までこなせたら、残った時間で第1目的地へ向かえないかという心理が働き出している。したがって、ここで食べる予定だった昼食はパス。
 再び、柏原ICから高速にのって大阪の中心部へ向かった。
 長柄(ながら)出口から降りて、うまい具合にコンビニにミッシェルを駐車することができた(もちろん最初から考えていたオプションの一つである)。
 そこから100mほどのところに、第2目的地である「鶴満寺(かくまんじ)」がある。狙いは朝鮮で作られた銅鐘の写真撮影。ところが、ない! 鐘楼はあるのに釣鐘がない! 寺務所で尋ねると、盗難を恐れた住職さんが2年前に某所へ隠したとのこと。
 知らないでやってきてガッカリするのは私だけではなく、韓国からの団体さんが来て、ガッカリして帰られたこともあったという。悲しい話だ。
 写真入手は別の手段を講じるしかない。
 ミッシェルをとめたコンビニでパンを買って昼食にした。
 この時点で午後2時である。第1目的地へ行ける、と確信した。
 再び高速へのって、一路「近江神宮」へ。
 目指す時計博物館に入れたのは、午後3時過ぎだった。でも、余裕余裕(^_^)。
 じっくりと見学できた。簡単なスケッチも描いたが、それは写真撮影が許されていないからだ。貴重な展示物で、来てよかった、予定を変更してでも来てよかった、と心底思った。
 ここでも写真撮影の許可申請は、また別途検討することにして、最後に神社を参拝してから家路についた。
 帰りも自然渋滞があったが、おおむね順調なドライブで、今日は498kmをガソリン38リッターで走破できた。帰宅は午後7時半なので、所要時間も予定通りの12時間である。
 関西方面のマイカーでの取材も、これからはオプションの一つになる。

11月7日(日)「アイデアを出さなければ・・・の風さん」
 昨夜は、日本シリーズの行方を、Webの中継で確認しているうちに、就寝が遅くなってしまった。ずっとチャンスの連続だったのに、15回も戦って勝てなかった中日のダメージは大きいかもしれない。それで、今朝ははげしく寝坊(笑)。
 児童文学関係でやり残していることがあり、それをやりながら、次の仕事のアイデアを考えたが、なかなか良いアイデアが浮かばず、焦りが増している。
 夕方からトレーニングに出かけた。気分転換には体を動かすのが一番だ。
 しっかり筋肉を使って帰宅し、ゆっくり入浴し、夕食前に第3のビールを飲んだのも、アイデアに詰まっている人間の焦りがなせるわざだ(単なる呑み助の言い訳ではない)。
 思い出したように血圧を測ってみた。手首で測定する簡易方式なので、測るたびに値が激しく上下する。最も良い値がポテンシャル値のはずなので、何度かトライしたが、気に入った数値が出ない。そして、酔いがまわってきて、そろそろ夕食か、という時にもう一度測ってみたら、恐ろしく低い数値が出た。上が110代で、下が70代である。もっとも脈拍が100を超えていたので、血圧測定グラフの備考欄に「ビールを飲んだ」と書かざるを得なかった(笑)。
 当然、夕食後は多少の酔いは残っていても仕事をしていたのだが、日本シリーズがまた延長戦になっていることをWebで知ってしまったために、仕事が手につかなくなった(笑)。やはり私はもともと熱血漢なのだろう。
 勝てる試合を中日が落としても、私は仕事を投げるわけにはいかない。
 それにしても中日が負けた理由を探ってみると、ロッテの西岡がバットをへし折ったことでも分かるように、打力における精神力の差だけだと思う。プロはわずかな差で勝負が決まる。
 想定外の午前2時まで仕事を続けたが、やはり仕事ははかどらない。新しいアイデアも浮かばなかった。

11月8日(月)「速読と速算の関係?・・・の風さん」
 また1週間が睡眠不足から始まった。頑張らねば……と思って、午前中にビタミン剤と頭痛薬を飲んで乗り切ろうとしたが、あまり効果はなかった。
 会社で設計した部品の一部が届いた。残りが届いたら改善効果があるか現場で試すことができる。根っからのモノづくり大好き人間なので、作るものは小説や文章だけではない。何でも自分で作りたい人なのだ。だからいつも忙しいとも言えるが(笑)。
 研究報告書の最後の担当部分を書き上げてから退社した。
 最近は帰宅するとすぐ執筆マシンを立ち上げて、夕食前に気まぐれ日記を更新しておく。
 今日は、若桜木虔さんの新刊本が届いていたので、表紙の画像を寄贈書籍のページにアップした。今回の本は一瞬「また速読の本か……」と思ったが、よく見たら「速読・速算」と書いてある。まえがきによる、インド式数学もドッキングさせた、頭脳に刺激を与えるノウハウ本らしい。最近ひらめいた新方法らしいが、若桜木さんはそれをトライするはるか昔に東大に入っているのだから、ご本人は謙遜するような凡庸な人ではない。私のような凡庸な人はどうすればいいのだろう?
ボケが出始めた今からインド式数学の効果があるのだろうか?
おっと、そういえば私は、既にインド式数学の本も読んでいた。その中に、昔、亡父が子供の私に教えてくれた計算方法が書いてあって驚いたものだ。
 やっと児童文学のやり残しの一つを出版社へ提供できた。
 しかし、まだ終わりではない。
 今夜も午前1時過ぎまで頑張ってしまったが、新しいアイデアが浮かばない。

11月9日(火)「夢中で仕事をこなした日・・・の風さん」
 朝から強風が吹き荒れていた。
 当地は冬になると雨が上がった翌日が強風になる。それとは違う強風だ。もちろん台風ではない。不思議な天気だ。
 あまりにも作家の仕事が停滞しているので、もうあれこれ迷っている余裕はないと判断し、優先順位も考えず手当たり次第に処理していくことにした。
 そうなると、電子メール一つをとっても、文章を書き始めれば、それなりの内容になっていくので、最低限、相手に失礼のない書き方だけを気をつけて、どんどん処理していった。ずいぶん前にもらったメールにも返信していないことが分かって、心理的にはつらい場面もあったが仕方ない。明日は、ひょっとすると返信の嵐になるかもしれないが、それも仕方ない。

11月10日(水)「ありがたい神様・・・の風さん」
 今朝一番の仕事は、昨夜書いた手紙を投函することだった。
 愛知県立図書館から借りた資料は、とりあえず用済みになったので、知人に返却を依頼した。作家の仕事を助けてくれる人が、わずかだがいて、神様のようにありがたい。
 帰宅したら、ご近所の方が、畑で採れた「すくなカボチャ」というものを持ってきてくれた。ひと目見たとき、冬瓜(とうがん)かと思ったほど、ひょろ長く、不思議な形をしていた。畑とは言っても、その方は農業をされているわけではない。親から受け継いだ畑から、自然の恵みが季節季節に手に入るので、それを収穫して近所に配ってくれるのだ。
 先日も、別のご近所の方が、「抜き菜」というものを持ってきてくれた。これは大根の芽で、間引きしたものをもったいないから「抜き菜」とか言って食するのだ。もちろん大根の葉っぱも自然の恵みとしてありがたく食べる。これは、家庭菜園の収穫だ。
 緑黄色野菜が大好物の私は、ご近所からいただく自然の恵みがとてもうれしく、これこそ神様のようにありがたく感じる。
 昨夜の反応は早速あり、執筆マシンは返信の嵐となっていたが、確かに仕事は進んだ。
 返信を送ってくれたほとんどの人は、神様のようにありがたい方たちばかりだ。

11月11日(木)「アイデア、アイデア、アイデア……・・・の風さん」
 昨夜は早めに寝て、今朝は睡眠十分で起床……したつもりだったが、会社で猛烈に眠くなったのはいつもと変わりなかった。年とったら猫のように陽だまりで居眠りしているのが最も自然なのかもしれない。それに抵抗している私は、明らかに自然の摂理に逆らっているわけで、もう長いことないかもしれない。
 とはいえ、死ぬ寸前までベストを尽くすしかない。
 帰宅したら、2匹の猫が、私が買った小さなホットカーペット(2つある)に寝そべって暖をとっていた。それを妬ましい思いで眺めながら、今日の作家生活をスタートさせた。
 やることはいろいろあるが、新しいアイデアを出さなければ始まらない仕事が最優先だ。何をやっていても頭の中はそれだけ。アイデア、アイデア、アイデア……。
 就寝時刻が迫ってきて、焦った私は、よく売れているという時代小説文庫を取り出して読み始めた。藁にもすがりたい気持ちだった。
 結局、就寝が午前2時になってしまった。明日は睡眠不足になるだろう。でも、どうせしっかり寝たって眠くなるに決まっている。ドンマイ、ドンマイ。

11月12日(金)「27年目のタダのジャンバー・・・の風さん」
 午前中に準備して、昼休みに同僚と二人で現場で実験をした。昨日、予備実験をしていたので、今日のが本実験になって終了するかと思ったが、まだ疑問点が残った。来週にでも、最後の詰めが必要だ。実験は楽しい。
 仕事上必要なので、MOT(技術経営)の本を読んでいる。ちょっと手こずっていた本を、今日やっと読み終わった。これが今年やっと30冊目だ。ピッチを上げなければ……。
 さすがに夜になると寒さを感じる季節になってきた。それで、部屋着の上にジャンバーを着込んでいる。それが、夕食後に話題になった。
 「これ、何年着てると思う?」
 「さあ?」とワイフ。
 「27年だよ」
 「ええっ〜? ウソでしょ?」
 「昔乗ろうと思って原付買ったことがあっただろ? あのときオマケでついてきたジャンバーだよ。ほら。メーカーのマークがついている」
 「信じられない」
 「油断してると、これ着たまま名古屋まで行くぞ」
 「やめて、恥ずかしい」

11月13日(土)「書き入れ時の週末・・・の風さん」
 作家業書き入れ時の週末がやってきた。この瞬間が一番楽しい。たくさん仕事がやれるような気がするからだ。そして、日曜日の夜、時間の経過とともに暗澹たる思いになっていくのが、いつものパターンである。今回こそ、そうならないようにしよう(……と書いているのは、実は週明けなので、結末は作者だけが知っている。あはは)。
 日本機械学会主催・精密工学会協賛の座談会が10日後に迫ってきた。いくら何でもそろそろスライドの用意をしなければ、ということで、とりあえずあるものだけ集めてみた。あと新規に何枚か用意して、学会の行事の主旨に合ったものにしなければ。今回は時計の話をするので、自分としては初めてのバージョンになる。勉強もかなり必要だ。
 日本機械学会といえば、投稿論文の校正用原稿が送られてきた。修正はわずかだが、こういった作業も時間が必要なので、今日はやめておく。
 時代小説文庫のため、ベンチマークということで、手元にある文庫を読み始めたのだが、どんどん読める。1時間に100ページくらい読めそうだ。売れているポイントの一つは、一つの文章ごとに改行していくテンポの良さがあることが分かった。これは心がけよう。
 それから、今読んでいるこの文庫の場合、時代考証がほとんどされていない。先ず、時代が特定されていない。舞台は江戸だが、時代が特定されていないということは、地理的な設定も確認が不要だということだ。これは書くのに楽だが、はたして鳴海風は、こういう作品を書いていいのだろうか。純粋な世話物ならいいだろうが、もし鳴海風の特徴である和算や天文学が出てくるとなると、そうはいかない。実在の人物を出すことにもなる。だから、これは真似することはできないだろう。

11月14日(日)「また週末が終わってしまった・・・の風さん」
 これももう限界と判断して、児童文学の初校ゲラの修正に着手した。何とか今日中に修正を終えて、週明けには返送しようという覚悟で始めた。
 ところが、午後4時まで頑張ったが、半分もできなかった。
 そこで、読みかけの時代小説文庫を一気に読み終えてから、気分転換にトレーニングに出かけた。
 他人のことを言えた義理ではないが、今日のトレーニングルームの平均年齢は高そうだった。しかし、頭が真っ白だったり、ピカピカしていたりしている先輩たちが、私よりはるかに重い負荷をかけて筋トレをしているのは、いったいどういうことか。私の方が既に棺おけが近いという、否定できない事実を突きつけられた気がする。
 それでも、めげずにメニューをこなしていった。
 1時間頑張ったが、体重計のデジタル表示は、0.1kgも減らなかった。やはり汗を流さなければ。否、それよりも、体を動かしながらアイデアを出さなければいけなかったのだ。
 夕食後、初校ゲラの修正の続きに取り組んだ。
 (行けるところまで行け)
 と自らにムチ打ってやってはみたものの……、結局午前1時半までやって、やっと半分を過ぎたところまでだった。
 いつものように達成感イマイチな週末だった。

11月15日(月)「結局頑張るしかない・・・の風さん」
 もうすっかりご無沙汰しているが、今日は新鷹会の勉強会である。毎年この時期、代々木八幡へ行くと七五三の風景が見られる。貴重な人生の一瞬が季節の風物とともに記憶に残っているのは幸せなことだ。しかし、常に前進あるのみ、と突っ走ってきた人間には、越し方の懐かしさより、おのれの到達点の低さ(目標まで道遠し)を再認識して、また歩き始めるきっかけにしかならない。
 自分の書斎も会社の席のまわりも乱雑である。ひたすら突っ走ってきた人間の、仕事の残骸がほとんどだろう。失せ物探しも兼ねて、今週は両方の整理整頓(基本的に不要なモノを捨てること)に毎日取り組むことに決めた。一日で一気にというのはできなくても、毎日、数枚の反古を捨てていくことはできる。ちりも積もれば山となる、のたとえもある(たとえが反対か)。
 改善実験を最後の仕事にして、早々に退社。
 帰宅したら、ポプラ社から本が届いていた。
 「あなたも早くポプラ社から児童文学を出せるといいわね」
 ワイフからうれしいプレッシャーがかかった。
 開けたら、楠木誠一郎さんの新刊『悪は永遠に消ゆ』だった。帝都少年少女探偵団シリーズの11作目だって! すごい、としかいいようがない。私も頑張らねば。
 久しぶりに名古屋の長女が帰省していたが、ずっと付き合っているわけにはいかない。夕食だけはたっぷり時間をかけて、あとは書斎で仕事に専念した。
 協力者から貴重な資料発見のメールが届く中、初校ゲラの校正の続きをやった。途中で、日本機械学会の論文誌に掲載予定の原稿の最終校正までやってのけるという、どうなっているのボクの頭は?状態も無事にくぐり抜けた。
 再び初校ゲラの校正。夜はどんどん更けていく。

11月16日(火)「だんだん危なくなってきたかも・・・の風さん」
 結局、夕べは(?)寝たのが3時過ぎだった。最後は目が冴えてきたので、「俺も若いな」と思ったが、ベッドで横になったらバタンキューだったので、錯覚だった(笑)。
 今日もいちおうゴミ捨てをした。関節が痛くなったので、痛み止めを飲んだ。昼休みは仮眠。
 午後から頭痛もひどくなったので、頭痛薬も飲んだ。
 夕方、本社へ出張し、同僚の研究発表を聴講した。たくさん来場者があり、ちょっと驚いた。
 安全運転で帰宅したが、愛知県内は本当にマナー運転がなっていない。運転が楽しいミッシェルだから我慢していられるが、単に業務で運転している人たちは、きっと不愉快なことが多いだろう。だから事故が多いのだ。
 家族の携帯電話代は私がまとめて払っている。太っ腹の風さんだからだ。しかし、今月は請求額がハンパじゃなかった。寿命が尽きる前に、金欠病で死ぬかもしれない。息も絶え絶えなので、血圧を測ろうと思っているうちに忘れた。ちゃんとボケていくから、なみたいていのことでは死ねないのかもしれない。
 夕食後、長女が名古屋に帰り、猛烈に眠くなってきた。
 ソファで横になったらそのまま爆睡。
 寒さで目が覚めた。全身が震えて死にそうになった。
 午前零時だった。まだ執筆の時間が残っている。
 やはり、私は運が強い。死ぬまでは。

11月17日(水)「本質的に優れた論文・・・の風さん」
 だんだん時刻の感覚がなくなってきた。宇宙にいるみたいだ(笑)。
 今朝の6時半近くまで頑張った。頑張ったというと聞こえはいいが、きわめて非効率、つまりとんでもなく能率の悪い仕事をしているということだ。その証拠に、結局終わらなかった。
 明け方の冷え込みに耐えられず、書斎の石油温風ヒーターに火をつけた。
 温風が出てくる位置で椅子に座ったままうたた寝をし、目が覚めたら、いつもの起きる時間だった。やはり私はまだ運が強い。
 いちおうまだ会社員なので、仕事の効率アップの議論は日常茶飯事だ。おまけに趣味的に経営学を勉強している私は、さまざまな効率向上の理論も学んでいる。
 しかし、それらが自分の執筆業務に生かされない。なぜか? 分からないのである。
 芸術活動は効率で議論できないのか、それとも私自身の問題(力不足)なのか。
 出社したら、社内メールでオリジナル論文が送られてきていた。生産システム開発に関するもので、私のコアの一つである。
 内容は、日本でも海外でも競争力のあるモノづくりについて仮説を立て、それを技術的に立証したものである。粗っぽい仕上がり原稿だが、本質的な内容が素晴らしくて感動した。
 今日も会社と書斎の両方で身辺整理をしたが、失せ物は見つからなかった。

11月18日(木)「ポスターも制作する風さんの巻」
 久しぶりに昨夜は書斎でダウンした。しかし、また運の強いことに午後11時過ぎに目が覚めた。それから心機一転……とまではいかないが、霞がかかった頭脳を少しずつ刺激しながら、午前1時にはまたフル回転でゲラの修正にとりかかった。
 午前6時半には終了し、郵送の準備もできたので、これなら1時間くらい寝られそうだと、ベッドに横になった。
 セットした目覚ましが鳴ったはずなのに聞こえず、寝坊した(笑)。
 コンビニで初校ゲラを投函し、フレックス出社した。
 今日も会社で身辺整理をしながら失せ物を探したが、見つからなかった。
 夕方、愛知学院大学の先生から電話があった。来週ではなく、来月の講演の件である。
 レジュメの督促かと一瞬全身が凍ったが、大学のホームページに講演スケジュールがアップされたという連絡だった。命拾いした(笑)。
 退社して、いつものように買い物をしてから帰宅した。
 夕食後、来月の講演のためのレジュメでなく、ポスターを自主制作して、先生へ送った。これをする気になったのは、先生との電話の中で交わした冗談がきっかけである。何かをきっかけにアイデアが浮かんでやる気が出れば、人間は集中力を発揮することができるものだ。
 今夜は久しぶりに早く就寝しようと思ったが、午前2時になってしまった。

11月19日(金)「不死身男も風邪をひく?・・・の風さん」
 朝から喉が痛い。無茶苦茶な生活を送っているところへもってきて、ここ数日寒い日が続いている……じゃなくって、寒い時間帯に起きている。風邪をひいたかもしれない。
 出社したら、頭痛もしてきた。喉の痛み止めをなめ、風邪薬も飲んでみた。
 昼食のときのメニューに「ほうとう」が出ていたので、選んで食べた。ひらべったい形の麺形状は当地の「きしめん」と似ているが、分厚くて歯ごたえがある「ほうとう」の方が好みだ。味噌仕立てのつゆも熱くて、体があたたまった。これで、風邪が治るかもしれない。
 会社帰りに書店に寄って、来年の手帳を購入した。一昨年までのサイズを、昨年はひと回り小さくしたB5のデスクダイアリーにしたが、来年はさらにダウンサイズして手帳にした。表紙は手触りを優先した布地風。色はどっきりトルコブルーだ。まるで女性からのプレゼントみたいだろう? って自慢しても誰も信用しまい。どんな色かは、調べてください。
 帰宅したら、今週2冊目! 楠木誠一郎さんから新刊が届いていた。昨年も一昨年も年末に出版が集中していた。恐るべき速筆。今回は、『左近と伸吾』シリーズの「同心の涙」。前作が面白かったので、これも期待に応えてくれるだろう。
 宅配が訪れた。知人から本場の「さつまあげ」である。こんなぜいたくな食べ物をいただける資格はまったくないが、好意に感謝感謝感謝で、おいしくいただくことにする。
 就寝前に書斎周りの雑多な物も整理をした。今週は毎日、会社と自宅の整理を続けたが、失せ物はまだ見つからない。明日以降も続けよう。
 まだ喉が痛いが、体を休めれば治るだろう、という思いと裏腹に、今夜も就寝が午前2時。

11月20日(土)「風邪の回復に専念・・・の風さん」
 作家として書き入れ時の週末がやってきた。……が、風邪気味なので、先ずそれを治さねば。
 起床は昼近かった。風邪を治すには1に休養、2に栄養、3に薬である。
 たっぷり寝たが、まだ何となくおかしい。結局、こまごました用事を処理しながら、薬を飲む1日だった。
 今日のトピックスとしては、玄関ドアホンのワイヤレス子機の故障が判明した。充電電池の寿命かと思ったが、電圧もちゃんとあるし、電流容量もたっぷりだった。充電器に接続した状態でも動作しないので、子機の故障だと診断した。
 ネットで調べたら、定価の3割引のショップを見つけた。そこで購入することにした。
 結局、作家としての仕事はほとんどできずに1日が終了してしまった。

11月21日(日)「KO寸前のボクサーみたいな風さんの巻」
 今日は3つ、できれば4つの仕事に取り組もうと、元気に起床した。
 先ずは24日の講演のスライド作成だ。ネタはあちこちに存在しているので、それらを寄せ集めて構成すれば、新規に作成するスライドは少なくて済むはずだ。
 そう思って着手したのだが、遅い昼食時間の午後2時まで頑張ったが、半分もできなかった。
 風邪が完治していなかったので、昼食後、ちょっと休憩のつもりがそのまましばしダウン。
 今日は最初からトレーニングも中止していた。その時間も焼け石に水で、夕食前の頑張りもたいした前進にはならなかった。
 夕食時には、頂戴した産直のさつまあげを肴にワイフと純米酒を飲んだのだが、またまたダウンしてしまった(体が弱っているとアルコールがよく効く)。
 しかし、これではいけないと、再びゾンビのように起き上がり、就寝前、最後の頑張りで、2つ目の仕事に取り組んだ。
 おかげで就寝はまた午前2時過ぎになってしまったが、2つ目の仕事をやっておいてよかった。
 待てよ。3つ目、4つ目はどうした? もちろん未着手。

11月22日(月)「風邪でもダウンはできない・・・の風さん」
 朝から雨が降っていた。頑張らなければならない1週間の始まりに、冷たい水をさされた感じだが、なんのこれしき、出社してすぐアクションアイテム崩しに着手した。
 午前中に書類の整理まで終わって、自己満足した。しかし、治ったと思った風邪がぶり返したのか、鼻水やくしゃみが出て不快である。雨降りの日なので、花粉症ではない。また、薬を飲んだ。
 午後は資料読みに専念しようと思ったが、体調不良なので、それは無理だった。
 帰宅した。なんとか体調は悪化していない。根性でなんとかなりそうだ。
 昨日に続いてコラムの執筆に取り組んだ。2本目。
 風邪を治すためには、早寝するしかない。時間との競争だ。
 コラムを終えて、次は講演スライドの作成の続き。じっくり腰を据えてやると膨大な時間がかかるので、とりあえず画像を貼り付けただけのスライドをどんどん作っていく。
 想定外の午前零時を回ってしまったので、急いで終了。しかし、久しぶりのDドライブのバックアップをしかけて、シャワーを浴びに行った。
 最後のとどめは、風邪をひいたときに飲む、特製ミルクセーキだ。熱々のを作って、ふーふー言いながら胃の中へ流し込むと、たいてい治ることになっている。
 薬も飲んでベッドへ直行。
 ベッドの中で、しぶとく楠木さんの本を1節だけ読む。これ、面白い。もぐら弦斎シリーズだ。

11月23日(火)「失せ物見つかる!・・・の風さん」
 世の中は勤労感謝の日で祭日でも、完全週休二日制の会社は通常勤務だ。そういう会社が増えているせいか、通勤の混雑はあまり緩和されない。
 学校が休みで寝坊している子供らをうらやましく思いながらハンドルを握っていた。
 今日は会社でよいことがあった。先週から続けている書類の整理の中で、とうとう探していた書類を発見したのだ。きちんとファイリングしてあったのはいいが、古いフォルダー(新品の購入はリーマンショック以来途絶えている)の再利用をしたため、何度もチェックしていながら、変なタイトルになっていて気が付かなかったのである。
 とにかく、これで一つ仕事がこなせる。
 帰宅して最初に取り組んだのは、児童文学の残っている原稿「コラム」である。何とか今週中に原案を作成しないと気が重い。午後10時までに3つ目と4つ目を書き上げた。
 明日の座談会のためのスライド作成の続きに着手したのはそれからである。
 もう死ぬ気でやるしかないくらい追い詰められている。

11月24日(水)「急な坂道・・・の風さん」
 今朝の5時までかかって、だいたいのスライドを用意できた。少し仮眠できるだろうと思って、ベッドに入ったが、やり残していることに気が付いたので、目覚ましを早めにセットした(笑)。
 何とか起き出して、朝食後、追加スライドの作成に着手した。
 時計とにらめっこしながら作業を続け、最後はモバイルのアプリルのデスクトップに入れて立ち上げ、スリープ状態にしてカバンにしまった。
 行きの電車の中で、読みかけの資料を読んだのだが、なんと重要な情報がたくさん得られた。今日の座談会の話題提供に盛り込まなくては。
 半日にわたる座談会に集中して参加し、個人的には非常に多くのものを得ることができたが、パネラーの中で私が一番冴えなかった。なぜなら、他のパネラーはすべて一流の専門家であり、話の中身に迫力があるし、どんな質問に対しても目の覚めるような回答をするからである。そこへいくと私は、何を専門とする作家なのか、それとも生産技術者なのか、中途半端であいまいなのである。まだまだ修行が足りない。
 帰りに、先日ジャケットを買った店に寄って、しつけ糸を抜いてもらった。胸ポケットと両脇のポケットのしつけ糸がしっかり縫い込んであり、素人が抜くのは危険と思ったからだ。店員は手際よくやってくれた。
 用事で名古屋へ来ていたワイフと帰りの電車が偶然一緒になった。それは運がよかったね、と思われるかもしれないが、どちらかが先に帰宅すれば、遅くなった方は最寄の駅までクルマで迎えに来てもらえる。
 二人とも重い荷物と疲労を抱えて自宅までの急な坂道をのぼって行った。

11月25日(木)「根性のコラム作成・・・の風さん」
 昨夜は、日曜日から続けている児童文学のためのコラム作成を中断させたくなくて、風邪もほぼ完治したことだし、根性で取り組んだ。結果、また就寝が午前2時になってしまった。
 一昨日会社で見つかった資料を元に、H大学への回答書を作成し、メールで送った。これで、来週末にまた上京し、先方と報告書について相談することにした。上京できると、私はついでの用事もできるので具合がよい。間に合ってよかった(なんのこっちゃ?)。
 会社の帰りによく行くスーパーに寄ってコーヒー(粉)を買った。ドラゴンズの優勝以来、グランパスの優勝などもあってセールが続いているのか、とにかく安値が続いている。計算してみると、約1円/gである。感激してしまい、他の買い物を忘れた(笑)。
 さすがに連日無茶な生活が続いているせいか、元気がなくなってきた。
 夕食後、児童文学のための参考資料のデータベース(出版社作成)の更新をした。終了後、出版社へ送信したが、これを元にして掲載画像を決め、各所蔵先へ掲載許可を申請するのである。連載原稿はすべて自分ひとりでやっているが、児童文学は原則として出版社でやってくれる。著者は楽できそうに思われるかもしれないが、どんなものがどこに存在しているかは、著者の責任で提案し、また質問があれば答えなければならないので、研究者でない著者としてはうろたえることになる。
 やっとこの作業が終わったら、もう午前零時を回っていた。
 このまま寝たのでは日曜日から続けているコラム作成が中断してしまう。
 根性でその後、1本書き上げた。就寝時間は……ご想像にお任せしよう。

11月26日(金)「限界の金曜日・・・の風さん」
 根性はともかく、……やはり眠い(笑)。
 今年もあと1ヶ月になりつつある。やり残しが少なくなるように(皆無は無理)、こまめにスケジュールを作っている。年末は会社の行事も色々あるので、けっこう厳しい。忘年会のことである。重なっている忘年会の調整のために、午前中、時間を使ってしまった。
 午後からは会議が続き、やっと解放されたので、自分のことをやろうとしたのだが、ここで一気に睡魔が襲ってきた。「老人性眠い眠い病」と私は呼んでいる。「疲れているだけですよ」と同僚は慰めてくれるが、若い頃は平気だった。
 最後に気力をふりしぼって、読みかけのMOTの本を読んだ。一気に読了できないのは、昔からの私の限界である。それができてりゃ、若桜木さんのように東大に入れたかもしれない(ンなわけないか)。
 今夜は、夕食後、仮眠しようとベッドに直行した。

11月27日(土)「Evernoteを開設・・・の風さん」
 いつもの時間に目が覚めて起きたのだが、計算してみたら、10時間も寝ていた(^_^)。
 明日から遊びに行くので、今日は何が何でも執筆を進めなければならない。
 体調は万全である。
 しかし、こういうときに限って寄り道したくなる。悪い癖だ。たまたまメルマガに、以前から気になっていた情報が書かれていたので、……やってしまった。Evernoteである。簡単に登録できると書いてあった。
 作ってしまった鳴海風のEvernote。すぐにフル活用することはないが、とりあえず自分のサイバースペースを確保した。モバイルのネット環境がもっと充実したら、きっと有料にしてでも活用するような気がする。
 その後は、真剣に執筆に専念した。
 しかし、能力には限界がある。結局、コラムを2本書いて、連載原稿の準備をさらに進めたところまでで中断した。
 明日の準備をして、午前零時過ぎに就寝した。

11月28日(日)「ディズニーシー・・・の風さん」
 4時25分の目覚ましが鳴った。まだ真っ暗である。私の嫌いな早起き。
 やり残した原稿が気になるが仕方ない。これが私の実力だ。いっぱいいっぱい。
 夜明け前の道をワイフと歩いて最寄の駅まで向かった。始発電車に乗るのである。
 日曜日でもいるんだなあ、こんな早朝から出かける人たちが。
 途中で乗り換えて、名古屋に着くころ、いくらか空が明るくなってきた。
 のぞみもけっこう早い出発時間だが、やはり乗客がたくさんいる。N700系でコンセントがあるので、車中でアプリルを取り出して、連載原稿の続きを始めたら、じきに気持ち悪くなってきた。振動する画面を見ていたのがいけなかった。中止して仮眠をとることにした。
 こうして京葉線も何とか短時間で乗り継いで、舞浜駅に着いたのが、8時58分だった。今日の開園は8時半だったので、もう出遅れている。それからウェルカムセンターでホテルのチェックインをしたりして、本当にディズニーシーの中へ入ったのはだいぶ後である。
 すごい人出だった。クリスマスのせいなのか、それとも景気がいくぶん持ち直してきたせいなのか、よく分からない。あとでワイフに指摘されてようやく気が付いたが、中国人観光客があまり目立たなかった。あっちも自粛しているのだろうか。それにしても混雑していて、人気のあるアトラクションは2時間以上の待ち時間になっていた。
 今回の目的のひとつは、ワイフの希望で、人気のダッフィーの彼女であるシェリーメイのぬいぐるみを購入することだった。本店も支店も行列ができていて、本店では整理券をもらうためにも行列に加わらねばならなかった。ようやくもらった整理券には12時〜13時といった時間帯が書いてあった。
 あと、ワイフは、私をそそのかしてタワーオブテラーに乗ろうとしていたが、生命の危険をおかすわけにはいかないので、たくみに逃れているうちに、ファストパスも発行完了、通常待ち時間も常識をこえる数値になってしまった。しめしめ。
 園内の混雑が原因で、とっても効率の悪い動き方をしてしまい、何度もあっちへ行ったりこっちへ行ったりで、足が棒になってしまった。結局アトラクションはわずか5つだけ。いつものようにビッグバンドビートには感動した。
 あと、夕食もいつものマゼランズにしたのだが、幸運にも、隠し部屋でディナーをとることができた。あまりの客の多さに柔軟に対応してくれたのだろう。いつかここを貸し切りにしてパーティを開いてみたい。
 最後のアトラクションも恒例のセンターオブジアースだったが、9時20分に並んだ時点でもまだ待ち時間が40分だった。本当に40分の待ち時間で、命拾いして外へ出たときは閉園時刻の10時を既に回っていた。これもサービスでやってくれたようだ。
 オフィシャルホテルの部屋にたどり着いたときは、足が痛くて、もう一歩も歩けなかった。

11月29日(月)「五大路子さんの公演に感動!・・・の風さん」
 普段はとにかく時間が足りなくて無茶な生活をしているので、こうやって力いっぱい遊んでいても、かえって睡眠時間が長かったり、体調も万全だったりするから不思議だ。
 今回の宿泊プランは朝食抜きだった。別払いで朝食をとってもまだ安かったのだ。でも、やっぱり朝食を摂りにレストランへ行った。ホテルの朝食バイキングはどうしても癖になる(笑)。
 のこのこレストランに入ったら、「お一人様@@円になりますけど……」とフロアのチーフらしい女性が何度も確認してくるので、了解して頷いたら「前払いでお願いできますか」とやられた。食い逃げする不届き者もいるのかもしれない。
 またしつこくディズニーショップで買い物してから、部屋へ戻り、やっとホテルを出発した。
 今日の目玉は、横浜で五大路子さんの公演「ジャンジャン花月園」を鑑賞することだ。
 前もってフレンズクラブのやっちゃんに連絡してあったので、お土産を用意してランドマークホールへ向かった。到着すると受付にはお嬢さんがいて、すぐに五大さんの楽屋へ案内してくれた。本番15分前という緊迫した時間帯だったにもかかわらず、快く座長専用の楽屋へ入れてもらえた。ワイフを紹介し、挨拶とプレゼント交換をあわただしくやって早々に失礼した。
 公演はすばらしく感動的なものだった。かつて鶴見区にこどもたちの夢の国になるだろう遊園地を作ろうとした人たちの物語である。テーマは「夢」だが、地元にあった実話を発掘してそれを舞台劇にまで作り上げてきた五大さんはじめ、共演者の人たち、スタッフ、後援会(フレンズクラブとか)、地元の協賛団体の方たちの夢と情熱もひしひしと伝わってくる内容だった。
 花月園を作った話と今回の公演を作り上げた話が完全にラップしていると感じたのだ。
 あらためて五大路子さんを尊敬してしまった。
 感動と余韻をひきずりながら、離れがたい横浜を後にした。できればもう一泊、と思ったが、私たち夫婦にはもうその余裕がなかった。
 帰宅した。子供たちはまだ帰っていなかったが、ペコとちび助、2匹の猫が元気で待っていてくれた。

11月30日(火)「疲労で閉店・・・の風さん」
 昨夜は久しぶりの花粉症との闘いになってしまい、執筆はほとんどできないまま就寝した。
 疲労もあったのだろう。今朝は寝坊してしまった。
 それでも、急いで準備して出発し、定時前ギリギリに会社のゲートをくぐった。
 歩くと足が痛い。重い荷物を持って歩いたことが、今でも響いている。スポーツの後の筋肉痛は心地良いが、これは単なる疲労だ。
 昼休みにやっちゃんに電話して昨日のお礼を繰り返した。昼食後は、疲れて席でうつらうつらしてしまった。
 たまっていた仕事をあれこれとやって処理につとめたが、今日ははかどらなかった。
 定時で退社し、まっすぐ帰宅した。
 今夜も執筆ははかどらなかった。

2010年12月はここ

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